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DXを起こせるのはどのような人材でしょうか。DXの思考法を磨くために、西山圭太氏がすすめるトレーニング法とは。トヨタのカンバン方式が生まれたきっかけにも触れながら、解説していただきます。

「第1回:『デジタル化』とは、何をすることか。」はこちら>
「第2回:人間とコンピュータの間を埋めてきた『レイヤー構造』。」はこちら>
「第3回:DXは『抽象化』から始まる。」はこちら>
「第4回:『モノからコトへ』に欠かせない、『プロセス』の視点。」はこちら>
「第5回:ソフトウェアの秩序が、組織を規定する。」はこちら>

日系企業には「X人材」が不足している

DXを起こすために必要なのはどんな人材でしょうか。よく「デジタル人材が不足している」という声を聞きますが、わたしは「D人材」と「X人材」に分けて考える必要があると思っています。

簡単に言えば、D人材とはデジタルリテラシーを身につけた人材です。こうした人材はDXに不可欠です。ただし、デジタルツールを「作る」人材のリテラシーと、「使う」人材のリテラシーは同じではないと思います。DXで必要なのは、どちらかといえば「使う」リテラシーです。

他方で、DXに成功したとされる企業にその要因を尋ねると、人材面で必ず挙げられるのが「変革を志向して実行する人材」の存在です。それをわたしは「X人材」と呼んでいます。つまり、自社のこれまでのビジネスを、今までの常識やフレームから離れて捉え直し、なおかつ変革を実行できる人です。そこで求められるのは、もちろん情熱や挑戦心もあるでしょうが、この連載で繰り返しお話ししてきた「抽象化」する能力であり、まさに「レイヤーやプロセスで考える」ことが役立つフレームなのです。今自分が取り組んでいる具体のビジネスモデルを、一歩引いたところから見ることができる人。それまでの常識を疑う、あるいは自社や顧客、社会に潜んでいる課題から発想できるテッド・ホフのような人です。

ポイントの1つは、業種にとらわれずに考えられるかどうか。一見、まったく関係のない異業種の取り組みに、実は自分の会社が起こせるDXのヒントが隠されている。そこに気づくことが大切なのです。

偶然見つけた、トヨタとスーパーマーケットの共通点

トヨタのカンバン方式はだれしもご存じと思います。1950年代にこれを作ったのが、技術者、そして副社長として同社で活躍した故・大野耐一氏(おおのたいいち:1912年~1990年)です。大野氏はなんとかして戦後日本の自動車産業を発展させようと、フォードやGMといったアメリカの名だたる自動車メーカーを視察しました。

結果として、大野氏はそこからはあまりヒントが得られなかったそうです。ところがたまたま立ち寄った現地のスーパーマーケットが、在庫を持たずに無駄なく仕入れをしている様子を目の当たりにして、カンバン方式を思いついたのです。

画像: 偶然見つけた、トヨタとスーパーマーケットの共通点

大野氏が行ったことは、わたしから見ると抽象化です。自動車とはおよそ畑違いのスーパーマーケットのビジネスのなかから在庫管理のエッセンスだけを取り出して、それをアレンジして自動車の生産に当てはめようという発想です。この発想がDXには欠かせないのですが、日系企業のビジネスパーソンの多くが苦手としているのではないでしょうか。どうしても同業他社の事例を集めてなんとか参考にしようとするきらいがあります。

異業種交流会で意識すべきこと

では、どうすればX人材になれるのでしょうか。わたしは、異業種に人脈を持つことがこれから非常に大事になってくると考えています。そこには2つの意図があります。

1つは、同じ業界、同じ組織の人としか付き合いがないと、発想の幅が広がらないからです。自社とは異なる業界の人と話すことが、1つの物事をさまざまなアングルから捉えるトレーニングになります。と言っても、ただ異業種交流会に参加して名刺を集めるだけでは意味がありません。話をしてみて、「この人、ものの見方が自分とは違うな」と感じること、そして、それが自分の仕事にも活かせると感じること。おそらく相手も同じことを感じるはずです。この出会いが重要なのです。

もう1つは、仲間づくりです。リスクをとってでも会社を本気で改革しようという強い思いを持っている社員は、おそらくどの企業でも全社員の1割程度しかいないはずです。社内の数少ない社員同士が手を取り合ってできることには限界があります。ならば、同じように変革の意思を持った人同士が企業の枠を超えてつながる。それがやがては大きな力となり、DXにつながるのではないでしょうか。

比喩とアハ体験というトレーニング

X人材になるためにもう1つ有効なトレーニングが、比喩の発想です。つまり、たとえ話。拙著『DXの思考法』では、レイヤー構造の比喩としてレストラン「エルブジ」の話が出てきます。デジタルの話とレストランでは一見何の共通点もなさそうですが、見方を変えれば似ている部分がある。それがたとえ話です。何か革新を起こす際に、比喩の発想は認知科学的にも有効だそうです。

脳科学者の茂木健一郎氏が日本に紹介した「アハ体験(※)」を重ねることもできると思います。何かを見たときに、それまで脳内で結び付いていなかった知識同士が結び付くことで、新たな発想が生まれます。先ほどお話ししたトヨタの大野耐一氏の気づきも、まさにアハ体験だったと言えるでしょう。

※ ドイツの心理学者、カール・ビューラーが提唱した概念。それまでわからなかったことが瞬時にわかるようになる体験を指す。

「第7回:『アーキテクチャ』とは何か。」はこちら>

画像: 西山圭太『DXの思考法』~楽しく働くヒントの見つけ方~
【第6回】D人材とX人材

西山圭太(にしやま けいた)

東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー

1963年東京都生まれ。1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。

DXの思考法

『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』

著:西山圭太
解説:冨山和彦
発行:文藝春秋(2021年)

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