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「アーキテクチャ」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。わかるようでわからない、ときには難解なイメージを持たれることもあるこのワードが、DXに取り組むうえで欠かせないと西山圭太氏は説きます。

「第1回:『デジタル化』とは、何をすることか。」はこちら>
「第2回:人間とコンピュータの間を埋めてきた『レイヤー構造』。」はこちら>
「第3回:DXは『抽象化』から始まる。」はこちら>
「第4回:『モノからコトへ』に欠かせない、『プロセス』の視点。」はこちら>
「第5回:ソフトウェアの秩序が、組織を規定する。」はこちら>
「第6回:D人材とX人材」はこちら>

「Complicated」ではなく「Complex」

DXを起こすうえで、アーキテクチャという言葉を避けて通ることはできません。アーキテクチャとはそもそも、複雑なシステムを設計したり運用したりするのに必要な考え方です。ここで言う「複雑」とは、どのような状態のことを指すのでしょうか。

「複雑」を意味する英語には「Complex」「Complicated」の2つがあります。ジグソーパズルを想像してください。ピースが多くなるほど複雑になり、完成させるのが大変です。しかし、だれがやっても完成形は1つだけ。これが「Complicated」です。つまり、必ず正解があり、根気よく取り組めばだれでも完成にたどり着けるものです。

対して「Complex」は、いろいろなパーツ同士が互いに絡み合った状態です。わかりやすい例がアポロ計画です。人類を月面に立たせるには、宇宙船の機体、機体に使用する素材の開発だけではなく、エンジンや通信システムを各々設計し、かつそれらが相互にどう関係しあうのかも考慮しなければなりません。しかも、1つの正解があるわけでもない。

いろいろなパーツをすり合わせながら開発しないと、動かせないしくみ。それをどうやって構築するのかを考えるのがアーキテクチャという手法であり、発想です。かつて、このように複雑に絡み合ったシステムを構築することは例外的でした。時代をさかのぼれば、例えば机にしても食器にしても、裏山の木を切り出して加工して製品にし、必要に応じて修理し、また新しい製品が必要になったら開発するという全体の工程を1人の職人が担うことが可能だったわけです。複雑なものは例外でした。

東大寺からシステム、企業、社会へ

アーキテクチャと聞いて多くの方が思い浮かべるのが建築物ではないでしょうか。大昔にはピラミッドや東大寺といった巨大建築が世の中では例外的に「Complex」なものの代表であり、アーキテクチャの対象でした。その後、ロケット開発などが対象になります。そして20世紀後半にソフトウェアが登場し、「ソフトウェアアーキテクチャ」という言葉が生まれました。

画像: 東大寺からシステム、企業、社会へ

日立製作所の会長や経団連の会長などをお務めになった故・中西宏明氏が、ある講演でこんなお話をされていました。

中西氏がまだ学生だった1960年代、アーキテクチャと言えば、コンピュータに効率よく計算処理させるための命令セット(コマンドの組み合わせ)を上手に設計することを指していました。つまり、第2回でお話しした人間とコンピュータの間を取り持つ何層ものレイヤー同士が積み上がる前の状態であり、その限られたレイヤーの設計だけを、アーキテクチャは担っていました。

中西氏は1970年に日立に入社したのち、鉄道の運行管理システムの設計に携わります。そこではシステムの命令セットを設計するだけではなく、どのように電車を運行し、乗客を乗せるか、特に安全で正確な鉄道運行をどのように実現するか、そのための組織設計をどうするかという鉄道サービス全体を設計することが求められました。人間の課題をコンピュータに伝えるための何層ものレイヤー同士が、積み上がり始めたのです。

そして今では、鉄道システムのような巨大インフラに限らず、さまざまな製品同士がIoTなどによってつながっています。アーキテクチャの対象が、かつての一部の巨大建築から、航空機・宇宙開発を経てソフトウェアの計算手順になり、さらには鉄道の運行管理システム、そしていよいよ企業や社会そのものへと広がっていったのです。

別の角度から言えば、ハードウェアとソフトウェアの両方を統合して理解しようとすると、アーキテクチャという見方が必要だということです。鉄道や工場といった物理的なものも、IoTによってソフトウェアで動くようになりました。ハードウェアとソフトウェアが融合し始めたことで、何を設計するにもソフトウェアの知識が必要になったのです。同時に、異なるシステム同士がつながることで、相互に影響しあうプロセスをどう制御するかという発想が求められるようになりました。

わかりやすい例がスマートフォンです。アプリケーションをダウンロードしたり、OSをアップデートしたりすると、その度に機能が更新されたり追加されたりします。スマートフォンをデザインするということは、端末そのものではなく、外部といかにデータをやりとりするかを設計すること。1つの製品やサービスのなかで「閉じた」システムではなく、「開かれた」システムとして設計しなくてはならないのです。

会社≠組織図の時代

「あなたの働いている会社を図で表現してください」と言われたら、どんな図を描くでしょうか。たいがい、一番上に社長がいて、その下に部、そして課があるという見慣れた組織図を書かれるのではないでしょうか。デジタルのコミュニケーションツールが浸透しておらず、ほとんど人間だけで情報処理や意思決定をしていた時代であれば、それでよかったのだと思います。しかし近年では、例えばMicrosoft Teams(※1)やSlack(※2)といったツール上で、部署の垣根を超えたプロジェクトチームを簡単に作ることができます。また、人間の意思決定にAIが活用されているケースも増えているでしょう。それはAIを使って意思決定や知識の創造を行うことを意味します。

※1 Microsoft Teamsは,米国Microsoft Corporationの,米国およびその他の国における登録商標または商標です。
※2 Slackは,Slack Technologies, Inc.の登録商標または商標です。

単なる組織図だけでなく、そこにソフトウェアやデータも加えたうえで会社は動いている。その視点こそがアーキテクチャの発想なのです。どのシステム同士がどのように関係して、データをやりとりしているのかを表現できないと、製品やサービス、企業、ひいては社会をデザインできない時代となったのです。

「第8回:漱石の『文学論』と、『アーキテクチャ』の関係。」はこちら>

画像: 西山圭太『DXの思考法』~楽しく働くヒントの見つけ方~
【第7回】「アーキテクチャ」とは何か。

西山圭太(にしやま けいた)

東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー

1963年東京都生まれ。1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。1992年オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、東京電力経営財務調査タスクフォース事務局長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。

DXの思考法

『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』

著:西山圭太
解説:冨山和彦
発行:文藝春秋(2021年)

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